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千葉地方裁判所 昭和51年(ワ)53号の1 判決

原告(A事件原告) 横山哲夫

〈ほか一名〉

原告(B事件原告) 末永誠

〈ほか一名〉

右原告ら訴訟代理人弁護士 門屋征郎

同 紙子達子

同 青木至

被告(両事件被告) 播磨偉男

右訴訟代理人弁護士 井波理朗

同 奥平哲彦

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の申立

(原告ら)

一  A事件について

被告は、原告横山哲夫および同横山玲子のそれぞれに対し、金一三五〇万三六九三円およびうち金一二三〇万三六九三円に対する昭和五一年二月二二日から、残金一二〇万円に対する判決確定の日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  B事件について

被告は、原告末永誠および同末永つや子のそれぞれに対し、金一四二六万四三八二円およびうち金一二九六万九三八二円に対する昭和五一年二月二二日から、残金一二九万五〇〇〇円に対する判決確定の日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  両事件について

1 訴訟費用は被告の負担とする。

2 仮執行宣言

(被告)

主文同旨

第二当事者の主張

(請求原因)

一  当事者

1 原告横山哲夫は亡横山裕介(昭和四一年三月六日生、以下「裕介」という。)の父であり、原告横山玲子は同人の母である。

2 原告末永誠は亡末永隆行(昭和三九年一月九日生、以下「隆行」という。)の父であり、原告末永つや子は同人の母である。

3 被告は、医師であり、播磨外科医院(以下「被告医院」という。)の院長である。

二  診療契約の成立

1 裕介

原告横山哲夫および同横山玲子は、裕介の親権者として、被告との間で昭和四九年一月三一日裕介の虫垂摘出の手術およびその術前、術後の適切な医療行為を受けることを内容とする診療契約を締結した。

2 隆行

原告末永誠および同末永つや子は、隆行の親権者として、被告との間で昭和五〇年八月四日隆行の虫垂摘出の手術およびその術前、術後の適切な医療行為を受けることを内容とする診療契約を締結した。

三  診療事故の発生

1 裕介

被告は前記契約の日午後二時ころから腰椎麻酔を施したうえ虫垂摘出手術を行ったが、裕介は右手術後まもなくして死亡した。

2 隆行

被告は前記契約の日午後二時すぎころから腰椎麻酔を施したうえ虫垂摘出手術を行ったが、隆行は右手術後数時間して死亡した。

四  診療の経過

1 裕介の場合

(一) 裕介は、前記事故当日の三、四日前から腹痛を訴え、事故当日は特に痛かったのか自ら病院に行くと、母である原告横山玲子にいい、午前九時三〇分ころ同原告に付き添われて高根台診療所(内科)で診察を受けたところ、虫垂炎の疑いがあるといわれ、午前一〇時すぎ被告医院に行き、午前一一時ころ被告の診察を受けた。被告は、裕介の白血球数を調べて、虫垂炎と診断し、即日手術すると告げた。

(二) 裕介と原告横山玲子は、一旦帰宅して入院の準備を整えたうえ、午後一時すぎ再び被告医院に行き、裕介の着替えを終えて、午後二時すぎ二人して診察室に入った。被告は、裕介の血圧と体重を測定し、注射をして、午後二時三〇分ころ裕介を手術室に入れた。

被告は、手術室に入るまで裕介または原告横山玲子に対し裕介の体質や既応歴について質問しなかった。ただ、原告横山玲子は、被告に対し「前にヘルニアでお世話になりました。お願いします。」とは述べている。

(三) 午後三時三〇分ころ被告医院近くで産婦人科医を開業する中沢浩医師が、また午後四時三〇分ころ外科医を開業する原浦昭二医師が手術室に入った。

(四) 午後五時ころ、原告横山玲子と同横山哲夫(同原告は午後三時三〇分ころ被告医院に到着している。)は、被告に診察室に呼ばれて裕介の死亡を通告され、さらに院長室で被告から裕介の死亡について「手術が終るころ、裕介が苦しみを訴えたので、カンフル注射をしたが、血圧が下がり、酸素吸入もしたが、結局生命をとりとめることができなかった。」と説明された。

(五) 翌日千葉大学医学部病理学教室で裕介の死体を解剖したところ、死因は胸腺リンパ体質という特異体質に基づく腰椎麻酔(ペルカミンS)による薬物ショック死であることが判明した。

2 隆行の場合

(一) 隆行は、前記事故当日の三日前ころから、朝晩腹痛を訴え、事故当日高根台病院で診察を受けたところ、虫垂炎の疑いがあるといわれ、同病院から紹介状をもらって、原告末永つや子とともに被告医院に行き、診察を受けた。被告は、隆行の血液検査をして、虫垂炎と診断し、即日手術すると告げた。

(二) 隆行と原告末永つや子は、一旦帰宅して入院の準備を整えたうえ、午後一時すぎころ再び被告医院に行き、午後二時すぎ診察室に入った。被告は、午後二時一五分ころ血圧を測定し、隆行の右上腕に注射をして、午後二時三〇分ころ隆行を手術室に入れた。

(三) 手術室に入って約一五分後、原告末永つや子は、看護婦から「もう終るから手術室前の廊下にいて下さい。」といわれ、そこで待っていたところ、その約五分後隆行の「ワーッ」という泣き声がし、そのまた二、三分後再び泣き声がした。

二回目の泣き声の後、看護婦が廊下の酸素ボンベを五、六本持ち込み、被告医院外からも二回ぐらい酸素ボンベを持ち込んだ。被告医院外から二回目に酸素ボンベを持ち込んだとき、前記中沢医師の開業する医院の窪田医師と看護婦三、四人が手術室に入って行った。

(四) 午後八時一〇分ころ、被告は原告末永つや子と同末永誠(同原告は午後五時三〇分ころ被告医院に到着している。)に対し「全力を尽して外から医者も呼んでいるので待ってくれ」と述べた。

右原告らは、待ち切れず、午後八時三〇分ころ無理に手術室に入ったところ、隆行は裸で、周囲に約一〇人の看護婦がいて、被告が隆行の体をさすっていた。隆行は、鼻と口から管を入れられ、腹部だけがぴくぴくしていた。

午後八時四〇分ころ、前記原浦医師がかけつけてきて約一〇分後、被告は右原告らに対し隆行が死亡したことを告げた。

(五) 翌日千葉大学医学部法医学教室で隆行の死体を解剖したところ、死因は胸腺リンパ体質という特異体質に基づく腰椎麻酔(ペリカミンS)による薬物ショック死であることが判明した。

五  被告の責任

被告(被告が応援を要請した医師、看護婦を含む。)のとった医療措置には次のとおり過誤があり、これらは前記診療契約の債務不履行あるいは民法七〇九条、七一五条の過失に該当するものである。

1 裕介

(一) 術前の問診

裕介は手術当時腹痛等により一週間前ころから十分な食事をとっておらず、栄養状態は不良で、若干ながらも脱水状態にもあったと考えられるが、被告は食事の量等について裕介および原告横山玲子に対し十分な問診を行っておらず、このため裕介の右状態を看過した。

(二) 特異体質の調査

被告は、ペルカミンSを使用することによって特異体質の患者にはショック死を起すことのあることを当然知っていなければならず、裕介がショック死を起す特異体質かどうかを本人および家族の既往歴等について具体的に質問するなどして調査してこれを予知すべきところ、単に健康状態について「どうですか」と質問したのみで、右のような具体的な質問をすることを怠った。

裕介の兄俊介は喘息と診断されており、裕介も喘息であるとの断定的な診断こそされていないものの、喘息様の症状を呈することがあり、喘息の疑いがあったもので、もし裕介が喘息であるとすれば、それは裕介が胸腺リンパ体質であることを推測させえたものといえるから、被告が裕介およびその家族の既往歴を質問していれば、裕介の胸腺リンパ体質を知り得た可能性がある。

裕介は、被告に生後一一か月のころヘルニアの手術をしてもらっているが、ヘルニアは裕介の右特異体質を疑わせるものである。

(三) 麻酔方法の選択

被告は、裕介に対しペルカミンSを腰椎に注射する局所麻酔を選択しているが、裕介が幼児であることなどを考えると、全身麻酔を選択すべきであった。

(四) 腰椎麻酔施行上の措置

腰椎麻酔を施行するについては、薬液注入後少なくても一五分間は、そのままの姿勢をとり、呼吸、脈拍その他患者の一般状態に注意し、できるだけ頻回に血圧を測定し、麻酔のレベルを注意深く確かめ、麻酔の範囲が固定してから、あお向けにし、しかる後に執刀を開始すべきである。

しかるところ、被告は、薬液注入後約三〇秒そのままの姿勢をとり、その後わずか約五分で執刀を開始しており、腰椎麻酔を施行するについて過誤がある。

(五) 異常発生の発見時期

麻酔液注入後は、患者の血圧、呼吸、脈拍その他患者の一般状態を観察し、患者に起こった異常をできるだけ早期に発見すべきである。

しかるところ、被告は、虫垂摘出後皮膚の縫合を開始したころに、裕介の胸内苦悶に気付き異常を発見しているが、裕介の血圧、脈拍を常時測定していれば、もっと前に裕介の異常を発見し、効果的な措置をとりえたはずである。

(六) 異常発生後の措置

被告は、術中ないし術後に患者に異常が発生した場合、これに対処しうる医療設備および人員を確保しておかなければならないところ、これを怠り、このため裕介に異常が発生した後にとるべき適切な措置をとらなかった。

例えば、酸素が不足し、看護婦が急いで被告医院の外に出て外部から二〇〇〇リットルの酸素ボンベ一本を手術室に搬入している。

また、午後三時三〇分ころ、中沢医師がかけつけているが、これは被告が患者に異常発生前に異常発生に備えて人員を確保していなかったことを物語るものである。

2 隆行

(一) 術前の問診

隆行は事故当日の三日前ころから腹痛により極度に食欲不振で栄養状態は不良であったが、被告は食事の量等について隆行および原告末永つや子に対し十分な問診を行っておらず、このため隆行の右状態を看過した。

(二) 特異体質の調査

被告は、ペルカミンを使用するにあたって、隆行がショック死を起す特異体質かどうかを本人および家族の既往歴等について質問するなどして調査して予知すべきところ、これを怠った。

隆行もまた幼児期にヘルニアの手術をしているが、ヘルニアは隆行の特異体質を疑わせるものである。

(三) 麻酔方法の選択

被告は、裕介の場合にペルカミンSを使用してショック死させている経験に鑑み、隆行についてはペルカミンSを使用する腰椎麻酔を選択せずに、全身麻酔を選択すべきであった。

(四) 腰椎麻酔施行上の措置

腰椎麻酔を施行するについては、裕介の場合に述べたような注意が必要であるところ、被告は、隆行に対し麻酔液注入後短時間で体位を変えてあお向けにし、執刀を開始する誤りを犯している。

(五) 異常発生の発見時期

被告は、麻酔液注入後隆行の状態について常時血圧を測定するなどの注意を怠り、異常発生の発見が遅れている。

(六) 異常発生後の措置

被告は、術中ないし術後に患者に異常が発生した場合、これに対処しうる医療設備および人員を確保しておかなければならないところ、これを怠り、このため隆行に異常が発生した後にとるべき適切な措置をとらなかった。

例えば、酸素が不足し、外部から二〇〇〇リットル一本、さらに一〇分後にもう一本運び入れている。

隆行に異常発生後、中沢医院の窪田医師がかけつけているが、同医師がかけつけたのは、異常発生後二、三〇分である。

六  原告らの損害

1 裕介

(一) 逸失利益 金一九六〇万七三八六円

裕介は、事故当時八歳であったところ、事故がなければ一八歳から六七歳まで就労が可能であり、その間一年間金二〇四万六七〇〇円(昭和四九年度全産業男子労働者平均給与額一か月金一三万三四〇〇円×一二か月+年間賞与額等金四四万五九〇〇円)の収入を得ることができ、同人の生活費は収入の五〇%と考えられる。就労始期の一八歳までの一〇年間に対応するホフマン係数は七・九四五であり、就労の終期までの五九年間に対応するホフマン係数は二七・一〇五であるから、裕介の死亡による逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると次のとおり金一九六〇万七三八六円となる。

年間収入金二〇四万六七〇〇円×〇・五×(二七・一〇五-七・九四五)=金一九六〇万七三八六円

原告横山哲夫および同横山玲子は、裕介の死亡により、裕介の右逸失利益による損害賠償請求権金一九六〇万七三八六円を各二分の一の割合で相続した。

(二) 慰藉料 各金二五〇万円

原告横山哲夫および同横山玲子は、裕介の死亡により、父母として激しい悲しみを経験し、その精神的苦痛を慰藉するにはそれぞれにつき金二五〇万円を相当とする。

(三) 弁護士費用 各金一二〇万円

原告横山哲夫および同横山玲子は、本件原告ら訴訟代理人弁護士三名に対し本件訴訟を委任し、右原告らのそれぞれが金一二〇万円の報酬を支払う旨を約した。

2 隆行

(一) 逸失利益 金二〇九三万八七六四円

隆行は、事故当時一一歳であったところ、事故がなければ一八歳から六七歳までの四九年間就労が可能であり、その間一年間金二〇四万六七〇〇円(その根拠は裕介の場合に同じ)の収入を得ることができ、同人の生活費は収入の五〇%と考えられる。就労可能年令の一八歳までの七年間に対応するホフマン係数は五・八七四であり、就労の終期までの五六年間に対応するホフマン係数は二六・三三五であるから、隆行の死亡による逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除すると次のとおり金二〇九三万八七六四円となる。

年間収入金二〇四万六七〇〇円×〇・五×(二六・三三五-五・八七四)=二〇九三万八七六四円

原告末永誠および同末永つや子は、隆行の死亡により、隆行の右逸失利益による損害賠償請求権金二〇九三万八七六四円を各二分の一の割合で相続した。

(二) 慰藉料 各金二五〇万円

原告末永誠および同末永つや子の隆行の死亡による父母としての慰藉料はそれぞれにつき金二五〇万円を相当とする。

(三) 弁護士費用 各金一二九万五〇〇〇円

原告末永誠および同末永つや子は、本件原告ら訴訟代理人弁護士三名に本件訴訟を委任し、右原告らのそれぞれが金一二九万五〇〇〇円の報酬を支払う旨を約した。

七  よって、原告らは、被告に対し前記各診療契約または民法七〇九条、七一五条に基づき次のとおり金員の支払を求める。

1 裕介(A事件)について

被告は原告横山哲夫および同横山玲子のそれぞれに対し以上損害合計金一三五〇万三六九三円およびこれから弁護士費用部分を差引いた金一二三〇万三六九三円に対する訴状送達の翌日である昭和五一年二月二二日から、右弁護士費用部分金一二〇万円に対する判決確定の日から、各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うこと。

2 隆行(B事件)について

被告は原告末永誠および同末永つや子のそれぞれに対し以上損害合計金一四二六万四三八二円およびこれから弁護士費用部分を差引いた金一二九六万九三八二円に対する訴状送達の翌日である昭和五一年二月二二日から、右弁護士費用部分金一二九万五〇〇〇円に対する判決確定の日から、各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うこと。

(請求原因に対する認否)

一  請求原因一の事実は認める。

二  請求原因二の事実は認める。

三  請求原因三の事実は認める。

四  請求原因四の事実に対し

1 裕介について

(一) 請求原因四1(一)の事実は認める。

被告は、事故当日高根台診療所江沢医師から電話で裕介について虫垂炎の疑いが強く、緊急に手術を要する旨紹介を受けて、来院した裕介を診察した。症状を聞くと、約一週間前から軽度の腹痛があり、三日前から特に右下腹部が痛くなり、当日は疼痛特に甚しいということであった。局所所見によると、圧痛著明で腹膜刺激症状が強く、白血球数一万一六〇〇と著増しており、急性虫垂炎の症状明らかにして緊急手術が必要であったので、原告横山玲子に対しその旨を告げた。

(二) 請求原因四1(二)の前段の事実は認め、後段の事実は否認する。

被告は、手術に先立ち原告横山玲子に対し質問をし裕介には特別の既往歴もないという答を得ており、また聴打診等によっても胸部所見もなく、外見上健康で、栄養状態も良好であった。

入院後の被告のとった医療措置は次のとおりである。

(1) 午後二時、診察室において硫酸アトロビン〇・七CCの前投薬を注射した。このときの裕介の血圧は一一四―六二であった。

(2) 午後二時三〇分、裕介を手術室に入れ、ビタミンB、Cを添加した五%糖液の点滴静注を開始した。

(3) 午後二時四〇分、ネオペルカミンS一・二CC(裕介の体重は二四キログラムであった。)を第三、第四腰椎間に注射した。その後専属の看護婦に常時、脈と血圧を観察測定させたが、血圧が一一〇―六〇前後で安定し、麻酔域が剣状突起直下に固定し、かつ一般状態に異常がないことを確認した。

(4) 麻酔注射をして六、七分経過後、執刀を開始した。手術は順調に進み、蜂窩織炎様になった虫垂を切除し、閉腹の段階に入った。その間、被告は、裕介と話を続けており、裕介の応答は明瞭であった。

(三) 請求原因四1(三)の事実のうち、被告医師近くで産婦人科医を開業する中沢医師および外科医を開業する原浦医師が手術室に入ったことは認めるが、その時刻は否認する。その時刻はそれぞれ午後三時前、午後三時五分ころである。

裕介に異常が発生した以後の経過は次のとおりである。

(1) 午後二時五五分ころ、被告が裕介に閉腹のため針をかけ始めたところ、裕介に突然胸内苦悶が発生した(このときの血圧一〇二―六〇)。

(2) 被告は、直ちに点滴中の管からデカドロンを注入するとともに、麻酔器マスクの加圧呼吸によって人工呼吸を開始した。なお、麻酔器、酸素等は手術台の横に常備してあった。

(3) しかし、急激な血圧低下があったため、胸壁からの心マッサージを施し、各種昇圧剤(エフォチール、ビタカンファー、ノルアドレナリン、テラプチク、エフェドリン等)、抗ヒスタミン剤、副腎皮質ホルモン剤を注入し、マスクに代え挿管による人工呼吸を開始するなどの強力な蘇生術を施した。

手術室には、被告のほかに、看護婦六名、看護学院生徒三名がおり、さらに異常発生二、三分後中沢医師の応援を得た。

(4) 午後三時一五分ころ、裕介は脈がかろうじて触れ得る程度に至ったものの、改善の徴なく、被告は午後三時三〇分裕介を死亡と断定した。

(四) 請求原因四1(四)の事実のうち、原告横山哲夫および同横山玲子を診察室に呼んだ時刻が午後五時ころであったとの点、カンフル注射をしたとの点は否認し、その余の事実は認める。

(五) 請求原因四1(五)の事実は認める。ただし、被告が使用した麻酔剤はネオペルカミンSであって、ペルカミンSではない。

2 隆行について

(一) 請求原因四2(一)の事実は認める。

被告は、事故当日高根台病院の坂田医師から電話で虫垂炎の手術が適応である患者として隆行を紹介され、来院した隆行を診察した。症状を聞くと、二、三日前から下腹部に疼痛があり、嘔気が少しあり、当日は特に下腹部の疼痛が強いということから、急性虫垂炎の症状であることが明らかであった。しかも、白血球検査をしたところ、白血球一一四〇〇とかなり増加しており、緊急に入院して手術する必要が認められたので、原告末永つや子に対しその旨を告げた。

(二) 請求原因四2(二)の事実は、被告が隆行の血圧を測定した時刻が午後二時一五分ころであるとの点は否認し、その余の事実は認める。右時刻は午後二時すぎごろである。

被告は、手術に先立ち原告末永つや子に対し質問をし隆行には特別の既往歴もないという答を得ており、また聴打診等によっても胸部所見もなく、外見上健康で、栄養状態も良好であった。

入院後の被告のとった医療措置は次のとおりである。

(1) 午後二時すぎ、診察室においてアトロビン〇・七CC、アタラックスP〇・七CC、エフェドリン〇・七CCの前投薬を注射した。このときの隆行の血圧は一一六―六〇であった。

(2) 午後二時三〇分ころ、隆行を手術室に入れ、直ちに五%糖液の点滴静注を開始した。

(3) 午後二時四〇分ころ、ネオペルカミンS一・一CC(隆行の体重は三二キログラムであった。)を第三、第四腰椎間に注射した。その後専属の看護婦に常時脈と血圧を観察測定させ、血圧が一一〇―六〇前後で安定し、麻酔域が剣状突起直下に固定し、かつ一般状態に異常がないことを確認した。

(4) 麻酔注射をして約六、七分経過後、執刀を開始した。手術は順調に進み、蜂窩織炎様になって腫大し、炎症のかなり進んでいた虫垂を切除し、閉腹の段階に入った。その間、被告は、隆行と話を続けており、隆行の応答は明瞭であった。

(三) 請求原因四2(三)の事実は、隆行が二回にわたって泣き声を発したとの点は否認し、その余の事実は認める。

隆行に異常が発生した以後の経過は次のとおりである。

(1) 午後三時前ごろ、被告が隆行に閉腹のため針をかけ始めたところ、隆行は突然胸内苦悶状を呈し、異様な声を発した。

(2) 被告は、隆行の右症状につきショックを考え、直ちに麻酔器マスクの加圧呼吸によって酸素吸入を開始した。

(3) 約二分後に窪田医師がかけつけてきたときには、隆行は呼吸は停止していた。このときの血圧は一一〇―七〇であった。その後急に血圧も低下してきた(午後三時一〇分ころ九二―六〇)ので、麻酔器マスクによる人工呼吸を挿管による人工呼吸に切り換え、胸壁からの心マッサージを施した。その間予め確保してあった点滴中の管を利用し、副腎皮質ホルモン、抗ヒスタミン剤を投与し、その後も点滴中の管から、あるいは筋注により、さらには皮下注射により、デカドロン、ノルアドレナリン、ビタカンファー、エフォチール、テラプチク、カルニゲン、アトロビン、ネオシネジン、セジラユット等各種昇圧剤、呼吸強勢剤、循環刺激剤、抗ヒスタミン剤等の投与を随次行っている。

(4) これらの措置をとった結果、午後五時ころ隆行の血圧は一〇〇―〇にまで改善し、心音も聴取できるまでになった。被告は、改善の望みをもってさらに強力に心マッサージ、前記薬剤の投与などを行ったが、午後六時ころから再び脈が触知困難となり、午後七時三〇分ごろにはかろうじて脈を触知しえたのみであった。被告は、以上のような蘇生術を午後一〇時ころまで続けたが、遂に蘇生しなかったのである。

(四) 請求原因四2(四)の事実は、被告が隆行の体をさすっていたとの点は否認し、その余の事実は認める。被告は、隆行に対し心マッサージを施していたのである。

(五) 請求原因四2(五)の事実は認める。ただし、被告が使用した麻酔剤はネオペルカミンSであって、ペルカミンSではない。

五  請求原因五の事実に対し

1 裕介について

(一) 請求原因五1(一)の事実は否認する。

被告は、十分な問診はもちろんのこと触診、視診、打診、聴診のすべてを行っており、その結果裕介は手術前栄養状態は良好で普通の健康状態にあると判断したのである。

(二) 請求原因五1(二)の主張は争う。

ネオペルカミンSによる薬物ショック死を惹き起した裕介の特異体質は胸腺リンパ体質であるが、現在の医療水準ではいかなる検査を施そうとも右のごとき特異体質を予知することはできない。

(三) 請求原因五1(三)の主張は争う。

(四) 請求原因五1(四)の主張は争う。

原告らは麻酔剤を注射した後執刀を開始したまでの時間を問題としているが、麻酔の安定と裕介に発生した薬物ショックとの間に関係はない。

(五) 請求原因五1(五)の主張は争う。

裕介のショックは、全く突然に発生したものであり、その発生した瞬間に被告はこれを発見しているのであって、発見が遅れていることはない。

(六) 請求原因五1(六)の主張は争い、その事実関係に対する認否は次のとおりである。

酸素が不足したとの事実は否認する。看護婦が被告医院外から酸素ボンベを手術室に搬入している事実は認めるが、右酸素ボンベの容量が二〇〇〇リットルであるとの点は否認する(搬入した酸素ボンベの容量は五〇〇リットルである。)。被告は、裕介に対する蘇生術において閉鎖式循環麻酔器による挿管によって人工呼吸を行っているが、その酸素の使用量は毎分三リットルであり、いかに多量に使用しても、酸素の使用量は高々五〇〇リットルの酸素ボンベ二本あれば足りるところ、手術室には予め五〇〇リットル酸素ボンベ二本、手術室の前の倉庫に五〇〇リットル酸素ボンベ四本、二〇〇〇リットル酸素ボンベ一本備えてあったのであり、酸素が不足する状態はありえなかった。被告医院外から搬入した酸素ボンベは必要があって搬入されたものでなく、被告以外の誰かが気をきかして搬入したにすぎないものである。

2 隆行について

(一) 請求原因五2(一)の事実は否認する。

被告は、隆行およびその母親である原告末永つや子に対し十分問診を行っている。なお、隆行は手術前栄養状態は通常であった。

(二) 請求原因五2(二)の主張は争う。

ネオペルカミンSによる薬物ショック死を惹き起した隆行の特異体質は胸腺リンパ体質であるが、裕介の場合についても述べたように、現在の医療水準ではいかなる検査を施そうとも右のごとき特異体質を予知することはできない。

(三) 請求原因五2(三)の主張は争う。

(四) 請求原因五2(四)の主張は争う。

原告らは麻酔剤を注射した後執刀を開始したまでの時間を問題としているが、隆行の場合も、麻酔の安定と隆行に発生した薬物ショックとの間に関係はない。

(五) 請求原因五2(五)の主張は争う。

(六) 請求原因五2(六)の主張は争い、その事実関係に対する認否は次のとおりである。

酸素が不足したとの事実は否認する。被告医院外から酸素ボンベが手術室に搬入された事実は認めるが、右酸素ボンベの容量が二〇〇〇リットルであるとの点は否認する(搬入された酸素ボンベの容量は五〇〇リットルである。)。被告医院では、手術室の麻酔器に五〇〇リットル酸素ボンベ一本、それと予備の五〇〇リットル酸素ボンベ一本が用意されているほか、手術室前の倉庫に五〇〇リットル酸素ボンベ四本、二〇〇〇リットル酸素ボンベ一本が置いてあり、酸素が不足したようなことはない。

窪田医師がかけつけてきた時刻は、既に認否したように、異常発生二、三〇分後ではなく、二分後である。

六  請求原因六の事実は否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  当事者、診療契約の成立および診療事故の発生

請求原因一の事実(当事者の点)、同二の事実(診療契約の成立の点)、同三の事実(診療事故の発生の点)は、いずれも当事者間に争いがない。なお、《証拠省略》によれば、被告が裕介および隆行に対し使用した麻酔剤はペルカミンSではなく、ネオペルカミンSであることを認めることができる。

二  診療の経過

1  裕介の場合

《証拠省略》によれば、次のとおり認めることができ(なお当事者間に争いがない事実は「争いがない」と括弧内に表示)(る。)《証拠判断省略》

(一)  裕介は、事故当日の三、四日前から腹痛を訴え、事故当日は特に痛かったのか自ら病院に行くと、母である原告横山玲子にいい、午前九時三〇分ころ同原告に付き添われて高根台診療所(内科)で診察を受けたところ、虫垂炎の疑いがあるといわれた(争いがない)。右高根台診療所の江沢医師は、別途被告に対し電話で、右のとおり裕介について虫垂炎の疑いがあり、かつ緊急に手術を要する旨連絡した。裕介は、午前一〇時すぎ被告医院に行き、午前一一時ころ被告の診察を受けた(争いがない)。被告が原告横山玲子から裕介の症状の経緯を尋ねたところによると、約一週間前から軽度の腹痛を訴えており、約二、三日前から右下腹部痛は増悪してきており、当日は疼痛特に甚しく、また軽度の嘔気があるということであった。局所所見によると、いずれも虫垂炎の症状であるマックバーネ圧痛点における圧痛が著明で、ランツ圧痛点における圧痛もあり、ローゼンスタイン氏症状が認められるとともに、腹膜刺激症状の一つである筋性防禦が中程度認められ、かつ白血球検査の結果一万一六〇〇と著増しており、虫垂炎の症状を明らかに呈していた。そこで、被告は、虫垂炎と診断し、即日手術する旨を告げた(争いがない)。

(二)  裕介と原告横山玲子は、一旦帰宅して入院の準備を整えたうえ、午後一時すぎ再び被告医院に行き、裕介の着替えを終えて、午後二時すぎ二人して診察室に入り、被告は、裕介の血圧と体重を測定し、後記認定の各前投薬を注射して、午後二時三〇分ころ裕介を手術室に入れた(争いがない)。なお、被告は、手術に先立って、原告横山玲子に対し質問をし、裕介には生後一一か月のとき被告医院でソケイヘルニアの手術を受けているもののさしたる既往歴はなく、また特別の疾患もないという答を得ており、聴打診等によっても胸部所見もなく、外見上健康で、栄養状態も良好であったので、被告は裕介は手術に耐え得る健康状態にあり、手術しても特別の問題はないものと判断した。

被告は、裕介の入院後次のとおり医療上の措置をとった。

(1) 午後二時ころ、診察室で硫酸アトロビン〇・七CC(〇・七〇ミリグラム)の前投薬を前判示のとおり皮下注射した。このときの裕介の血圧は一一四―六二であった。

(2) 午後二時三〇分ころ、裕介を手術室に入れ、腰椎麻酔によるショック状態発生に備えて血管を確保することなどのためビタミンB、Cを添加した五%糖液の点滴静注を足背の静脈に行った。

(3) 午後二時四〇分、裕介を右側臥位の姿勢にしてネオペルカミンS一・二CC(裕介の体重は二四キログラムであった。)を第三、第四腰椎間に注射し、約三〇秒そのままの状態を保ち、しかる後あお向けにした。その後、血圧が一一〇―六〇前後で安定し、麻酔域が剣状突起直下までで固定し、かつ一般状態に異常がないことを確認した。

(4) 麻酔注射をして五、六分経過後、執刀を開始した。手術は順調に進み、蜂窩織炎状に腫脹した虫垂を切除し、残った虫垂の開口部分を埋没し、粘膜で包んだうえ、皮膚を縫合する段階に入ろうとしていた。その間、被告は、裕介の気をまぎらし、裕介の意識を観察するために裕介と話を続けており、裕介の応答は明瞭であった。

(三)  午後二時五五分ころ、被告が皮膚縫合を始めようとする直前、裕介に急に胸内苦悶が発生した。このときの裕介の血圧は測定したところ、一〇二―六〇であった。

被告は、裕介の右の状態はショック状態と判断し、直ちに次のとおり救急措置を施した。

(1) 被告は、麻酔器のマスクを利用して人工呼吸を開始し、その後さらに効率の高い気管内挿管による人工呼吸をし、さらに、胸壁からの心マッサージを施した。

また、足背に予め確保しておいた静脈で点滴の側管により、あるいは皮下注射等により、エフェドリン、デカドロン(いずれも副腎皮質ホルモンで抗ショック作用を有する。)、ピレチア(精神剤で抗ヒスタミン作用を有する。)、テラプチク(呼吸増強剤で呼吸を増強させて血圧を上げる作用を有する。)、ビタカンファー(強心剤で心臓の機能を増強させる作用を有する。)、ノルアドレナリン(昇圧剤で血管を収縮させて血圧を上昇させる作用等を有する。)、エフォチール(循環増強剤で血管収縮作用と血圧を上昇させる作用を有する。)、アトムラチン(強心剤で心臓の機能を増強させる作用を有する。)、ボスミン(昇圧剤で血管収縮作用等を有する。)等を注入した。

しかし、裕介の急激な血圧降下を防ぎえなかった。

(2) 手術室には、被告のほかに看護婦六名、看護学院生徒三名がおり、さらに被告医院近くで産婦人科医を開業する中沢医師および外科医を開業する原浦医師が被告医院にかけつけた(争いがない)が、かけつけた時刻はそれぞれ午後三時を若干まわったころ、午後三時を数分過ぎたころであった。

(3) 午後三時一五分ころ、裕介は脈が辛うじて触れ得る程度に至ったものの、改善の徴なく、午後三時三〇分には裕介は全く生体反応を示さなくなり、被告は後刻右の時刻に死亡したものと判断した。

2  隆行の場合

《証拠省略》によれば、次のとおり認めることができ(なお当事者間に争いがない事実は「争いがない」と括弧内に表示)(る。)《証拠判断省略》

(一)  隆行は、事故当日の三日前ころから朝晩腹痛を訴え、事故当日高根台病院で診察を受けたところ、虫垂炎の疑いがあるといわれ、同病院から紹介状をもらって、母である原告末永つや子とともに被告医院に行き、診察を受けた(争いがない)。高根台病院の坂田医師の診断も右のとおり虫垂炎の疑いがあるということであったが、被告が隆行に聞いたところによると、主訴は下腹部痛で、約二、三日前から腹痛があって次第に増悪し、嘔気もあって、当日は下腹部疼痛が強いということであった。局所所見によると、右下腹部における圧痛があり、マックバーネ圧痛点、ランツ圧痛点における圧痛がいずれも認められ、腹膜刺激症状の一つである筋性防禦が著明に認められた。白血球は検査の結果一万一四〇〇と著増していた。以上いずれも虫垂炎の症状を明らかに呈していた。そこで、被告は、虫垂炎と診断し、原告末永つや子に対し即日手術する旨を告げた(争いがない)。

(二)  隆行と原告末永つや子は、一旦帰宅して入院の準備を整えたうえ、午後一時すぎころ再び被告医院に行き、午後二時すぎ診察室に入り、被告は、隆行の血圧を測定し、隆行の右上腕に後記認定の各前投薬を注射し、午後二時三〇分ころ隆行を手術室に入れた(争いがない)。なお、被告は、手術に先立って、隆行および原告末永つや子に対し質問をし、隆行にはヘルニアの手術(その瘢痕創は下腹部に認められた。)を受けているもののさしたる既往歴はなく、また特別の疾患もないという答を得ており、聴打診等によっても胸部所見もなく、外見上健康で、栄養状態も良好であったので、被告は隆行は手術に耐え得る健康状態にあり、手術しても特別の問題はないものと判断した。

被告は、隆行の入院後次のとおり医療上の措置をした。

(1) 午後二時すぎ、診察室でアトロビン〇・七CC(〇・七〇ミリグラム)、アタラックスP〇・七CC(〇・五〇ミリグラム)、エフェドリン〇・七CCの前投薬を前判示のとおり皮下注射した。このときの隆行の血圧は一一六―六〇であった。

(2) 午後二時三〇分ころ、隆行を手術室に入れ、直ちにビタミンB、Cを添加した五%糖液の点滴静注を足背の静脈に行った。

(3) 午後二時四〇分ころ、隆行を右側臥位の姿勢にして、ネオペルカミンS一・一CC(隆行の体重は三二キログラムであった。)を第二、第三腰椎間または第三、第四腰椎間に注射し、約三〇秒そのままの姿勢を保ち、しかる後あお向けにした。その後、血圧が一一〇―六〇前後で安定し、麻酔域が剣状突起直下までで固定し、かつ一般状態に異常がないことを確認した。

(4) 麻酔注射をして五、六分経過後、執刀を開始した。手術は順調に進み、蜂窩織炎状に発赤腫脹した虫垂を切除し、皮膚を縫合する段階に入ろうとしていた。その間、被告は、裕介の場合と同様に隆行と話を続けており、隆行の応答は明瞭であった。

(三)  午後三時前ころ、被告が皮膚縫合を始めようとする直前、隆行が急激に胸内苦悶の症状を呈し、興奮に似た症状を示し、かつ異様な声を発した。

被告は、隆行の右の状態はショック状態と判断し、直ちに次のとおり救急措置を施した。

(1) 被告は、直ちに麻酔器のマスクの加圧呼吸によって酸素吸入を開始した。

(2) 数分後に中沢医師の開業する医院の医師である窪田医師がかけつけた(右医師がかけつけたことは争いがない)が、そのときには隆行は自発呼吸を殆ど停止していた状態であった。このときの血圧は一〇七―七〇前後であった。その後急に血圧も低下してきた(午後三時一〇分ころ九二―六〇)ので、麻酔器マスクによる人工呼吸を気管内挿管による人工呼吸に切り換え、胸壁からの心マッサージを施した。その間予め確保してあった点滴中の側管を利用し、副腎皮質ホルモン、抗ヒスタミン剤を投与し、その後も点滴中の側管から、あるいは筋注により、さらには皮下注射等により、デカドロン、ノルアドレナリン、ビタカンファー、エフォチール、テラプチク、カルゲニン、アトロビン、ネオシナジン等各種昇圧剤、呼吸強勢剤、循環刺激剤、抗ヒスタミン剤等の投与を随次行った。

しかし、隆行はそのまま血圧低下を続けた。

(3) 隆行は、午後五時ころ一時的に血圧が一〇〇―〇にまで改善し、心音も聴取できるまでになったので、被告は、さらに心マッサージ、前記薬剤の投与などを行ったが、午後六時ころから再び脈が触知困難となり、午後七時一〇分ごろには血圧を測定しえない状態に至った。その後も、被告は、右のような蘇生術を午後一〇時ころまで続けたが、生体反応は全く現われず、遂に蘇生しなかった。

三  被告の責任

そこで、以上認定した事実関係のもとで、被告に前記診療契約につき債務不履行の点、あるいは不法行為の過失の点があるか否かについて判断する。

1  術前の問診

被告は、前認定のとおり、裕介の場合も隆行の場合も必要十分な問診を行っているものということができ、この点について被告には何ら債務不履行、過失はない。

なお、裕介も隆行も胸腺リンパ体質による薬物ショック死であるが、後記判示のように右のような特異体質はいかに徹底した問診をしても予知しえないものであるから、仮に被告に問診について何らかの落度があったとしても、結果発生との間に因果関係があるとはいえないことになる。

2  麻酔方法の選択

《証拠省略》によって当時の医療水準を検討しても、虫垂炎摘出の手術については腰椎麻酔(局所麻酔)もまた一般的であって、被告が裕介および隆行の場合に全身麻酔を選択せずに腰椎麻酔(局所麻酔)を選択したことに特に誤りがあったとは認められず、この点についても被告に債務不履行または過失のかどはない。

3  腰椎麻酔施行上の措置

原告らは、腰椎麻酔を施行するについては、薬液注入後少なくとも一五分間そのままの姿勢をとり、麻酔の範囲が固定してから、あおむけにして、執刀を開始すべきであると主張し、被告は前認定のとおり薬液注入後五、六分にして執刀を開始しているものであるが、被告は、裕介の場合も隆行の場合も、薬液注入後血圧を測定し、一一〇―六〇前後で安定したこと、麻酔域が剣状突起直下に固定したこと、かつ一般状態に異常のないことを十分確認したうえで麻酔を施しているとともに、異常発生直前までの約一五分間患者と会話を交すなど注意を尽しているといえるのであって、薬液注入後執刀を開始するまでの時間的間隔も決して短かすぎるとはいえず、被告には麻酔施行上に過誤はなかったものということができる。また、仮に右時間的間隔が多少短かめであったとしても、この点と裕介および隆行に発生したショックとの間に因果関係があるものとは認められない。

4  異常発生の発見時期

被告は、前認定のごとく、裕介の場合も、隆行の場合も、患者の状態に十分な視察をしながら手術をしており、異常が発生したと同時にこれを発見したものということができ、異常発生の発見時期が遅れたと到底いうことはできない。患者の血圧をもっと頻回に測定していたとしても、裕介の場合も、隆行の場合も、異常発生直後の血圧が術前の血圧値と大差のないことを考えると、異常発生をより早く発見または予知しえたとはいえない。

5  特異体質の調査

原告らは、裕介についても、隆行についても、ネオペルカミンSによるショックを惹起した胸腺リンパ体質について徹底した調査を尽し、これを予知すべきであったと主張するが、《証拠省略》によれば、右のような特異体質は当時の医療水準ではいかに事前の調査(問診は無論のことあらゆる検査)を施行しても予知しえないものであると認められるから、この点に関する原告らの主張は採用しえず、被告には裕介の場合についても、隆行の場合についても、債務不履行責任あるいは不法行為の過失責任はありえないといわざるをえない。

6  異常発生後の措置

原告らは、裕介の場合も、隆行の場合も異常発生後の措置に不適切さのあったことを主張するが、被告は、前認定のとおり、いずれの場合も、被告のとりうるあらゆる蘇生のための方法を講じているうえ、被告医院の人的、物的設備で債務不履行責任、不法行為の過失責任が問われるような点はないものということができる。

原告らは、被告が異常発生後に付近の医師の応援を求めた点について、異常発生に対処しうる要員を予め確保していなかったと主張するが、一般開業医にとって本件のごとき虫垂摘出手術を行うについて予め他の医院から医師の応援を求めて手術室に配置することは不可能というべく、本件の場合はいずれも異常発生後数分にして付近の医師がかけつけており(《証拠省略》によれば緊急事態の発生に備えてそのような業務提携の約束がしてあったことが認められる。)、被告が異常発生に対処しうる要員を予め確保していなかったとはいえない。また、原告らは、異常発生後被告医院外から酸素ボンベを搬入した点を捉えて、異常発生に対処しうる器具等の準備を怠ったと主張するが、《証拠省略》によれば、本件の場合はいずれも被告主張のごとく手術室には十分な量の酸素が用意されていたことが認められ、被告が異常発生に対処しうる準備を怠ったとはいえない。

以上のとおりであるから、被告には、裕介の場合も、隆行の場合も、右両名の死亡につき前記診療契約による債務不履行責任、あるいは不法行為の過失責任が成立すべき点は存せず、原告らの請求はいずれもその余の判断をするまでもなく理由がない。

四  よって、原告らの請求はいずれも理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 篠原幾馬 裁判官 塚原朋一 小見山進)

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